CD日本のことば 名調子より

音源をまねして、発声練習をしてみましょう。


月も朧(おぼろ)に白魚の、篝(かがり)もかすむ春の空、冷てえ風もほろ酔に、心持よくうかうかと、浮かれ鳥の只一羽、塒(ねぐら)へ帰る川端で、棹(さお)の雫か濡手で栗、思いがけなく手に入る百両、

 

 ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落し、豆沢山(まめだくさん)に一 文の、銭と違って金包み、こいつァ春から縁起がいいわえ。 


イヤサお富、久し振りだなあ。

 

しがねえ恋の情が仇、命の綱の切れたのを、どう取りとめてか木更津から、めぐる月日も三年越し、江戸の親にやァ勘当受け、よんどころなく鎌倉の、谷七郷(やつしちごう)はくいつめても、面に受けたる看板の、疵(きず)がもつけの幸いに、切られ与三と異名を取り、押借(おしが)り強請(ゆすり)も習おうより、慣れた時代の源氏店、その白化か黒塀の、格子作りの囲い者、死んだと思ったお富たァ、お釈迦様でも気が附くめえ。 


問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在、十四の時から親に別れ、身の生業も白浪の、沖を越えたる夜働き、盗みはすれど非道はせず、人に情けを掛川から、金谷をかけて宿々で、義賊と噂高札に、廻る配布の盥(たらい)越し、あぶねえその身の境界(きょうがい)も、もはや四十に人間の、定めはわずか五十年、六十余州に隠れのねえ、賊徒の首領日本駄右衛門。


 知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が、歌に残せし盗人の、種は尽きねえ七里ヶ浜、その白浪の夜働き、以前をいやあ江の島で、年季勤めの児ヶ淵(ちごがふち)。百味講(ひゃくみ)でちらす時銭(まきせん)を、当に小皿の一文字、百が二百と賽銭の、くすね 銭せえだんだんに、悪事はのぼる上の宮、岩本院で講中の、枕探しも度重り、お手長講の札付きに、とうとう島を追いだされ、それから若衆の美人局、ここ彼処(かしこ)の寺島で、小耳に聞いた音羽屋の、似ぬ声色で小ゆすりかたり、名さえ由縁(ゆかり)の弁天小僧菊之助たァ、おれがことだ。


絶景かな、絶景かな。春の眺めは価千金とは小せえ、小せえ。この五右衛門の目から見れば値万両、万々両。日も西山に傾きて、雲と棚引く桜花、あかね輝くこの風情、ハテ麗かな眺めじゃなァ